両肩脱臼を乗り越え復帰したアメリカンフットボール選手

肩関節脱臼はラグビーやアメリカンフットボールなどのコンタクトスポーツにおいて頻発する外傷のひとつであり、また再発しやすいことから再脱臼を防ぐために手術療法を選択することが多いです。
肩関節前方脱臼に対する手術には、前方の関節包靭帯や関節唇を縫合する鏡視下Bankart修復術が一般的ですが、再脱臼のリスクが高いコンタクトスポーツ選手に対しては烏口突起移行術も適応とされます。しかしこの烏口突起移行術は、一定の割合で移行した烏口突起の癒合不全などの合併症が生じることが報告されており侵襲も比較的大きい術式です。

それに対しHill-Sachs Remplissageという方法は、上腕骨側の骨欠損部分に肩後方を走行する棘下筋腱を縫いつけることで埋め合わせるとともに、後方から上腕骨の前方への動きを制御しようとする術式で、比較的侵襲が少ない方法です。今回は鏡視下Bankart修復術にHill-Sachs Remplissageを併用しアメリカンフットボールに復帰した患者さんをご紹介します。

患者紹介

高校時のラグビープレイ中に両肩関節前方脱臼を発症し、反復性に繰り返すようになったため鏡視下Bankart修復術を受けラグビーに復帰しましたが、その後約1年半で再度脱臼をしてしまいました。大学に進学しアメリカンフットボールを始めましたが、日常生活上でも脱臼を繰り返していたため、当院でHill-Sachs Remplissage併用鏡視下Bankart修復術を受けリハビリテーションを行なってきました。

術後4週から徐々に関節可動域の回復をはかり、筋力トレーニングは肩の安定性に重要なインナーマッスルだけでなく、肩甲骨周囲筋に対するトレーニングも積極的に行いました。術後5ヵ月でコンタクトを含めた練習復帰、8ヵ月で完全復帰を果たしました。

患者データ

性別:男性
年齢:19歳
術式:両肩関節Remplissage併用鏡視下Bankart修復術

現病歴:高校時のラグビープレイ中に両肩関節前方脱臼を発症し、反復性に移行したため鏡視下Bankart修復術を受けラグビーに復帰しました。
その後約1年半で両側とも再脱臼を生じ、その後日常生活上でも脱臼を繰り返していたため、当院でHill-Sachs Remplissage併用鏡視下Bankart修復術を施行しました。

スポーツ歴:アメリカンフットボール(1年)・ラグビー(6年)

手術前と術後のデータ (右/左)

術前

術後8ヵ月

関節可動域

屈曲

135°/140°

170°/180°

下垂位外旋

65°/60°

60°/60°

外転位外旋

60°/60°

75°/85°

外転位内旋

50°/40°

60°/80°

整形外科テスト

Apprehension test

+/+

−/−

Load & Shift test

+/+

−/−

術前

術後12ヵ月

筋力(kgf)

下垂位外旋

17.0/18.6

11.7/11.5

外転位外旋

15.1/15.5

20.0/17.8

外転位内旋

17.7/17.4

16.7/18.7

臨床スコア(点)

ROWE score

45/45

100/100

JSS instability score

47/47

97/100

画像所見

術前CT画像

右肩CT画像
​骨性Bankart病変あり
左肩CT画像

術前MR画像

右肩MR画像(外転外旋位)
前方関節唇損傷あり

左肩MR画像(外転外旋位)
前方関節唇損傷あり

手術内容

左下関節上腕靭帯・関節唇複合体を縫合(Double Bridging Fixation法) 右下関節上腕靭帯・
関節唇複合体を縫合
右上腕骨後方にアンカー2本打ち棘下筋を縫着(Hill-Sachs Remplissage)

術後CT画像

右肩CT画像(術後3ヵ月) 左肩CT画像(術後3ヵ月)

術後MR画像(術後12ヵ月)

右肩MR画像(外転外旋位)
関節唇の修復みとめる
左肩MR画像(外転外旋位)
関節唇の修復みとめる


執刀医より

アメリカンフットボールという肩関節再脱臼のリスクが高い
競技への復帰が目標でしたので、本人とよく相談のうえ、
両肩とも鏡視下Bankart修復術に加えHill-Sachs Remplissageを
補強処置として加えました。
担当理学療法士の管理下のもと、
アスレティック・リハビリテーションをしっかり行えたことが
良好な経過につながったと思います。
今後のご活躍をお祈り致します。

リハビリテーション

関節可動域は、三角筋や大胸筋などの柔軟性を充分に確保したうえで、
上腕骨頭の位置を触知しながら徐々に拡大していきました。
右は肩後方の痛みが軽度残存しましたが、術後6ヵ月の時点では
消失しました。

可動域の回復具合に合わせて、
荷重下でのトレーニングも積極的に行いました。

前鋸筋などの肩甲骨周囲筋や体幹筋を協調して収縮させ、
肩関節だけに負荷が集中しないよう意識してもらいました。

担当理学療法士より

アメリカンフットボールのTEというポジションは、
タックルの頻度は決して高くはないポジションですが、
自分よりも外側にいる相手ディフェンスをブロックするために
脇が開くことがあり脱臼リスクは少なくないといえます。
胸郭に対して肩甲骨が柔軟に動かせる状態をつくりあげ、
腕を肩甲骨と一体にして動かすように意識できるような
トレーニングを多く取り込みました。