両肩脱臼を乗り越え復帰したアメリカンフットボール選手
- 2017/07/24
ー肩脱臼は外傷で起こるー
肩脱臼はラグビーや柔道などのコンタクトスポーツ に多く見られる疾患です。ではなぜ?コンタクトスポーツに多く見られるのでしょう?
それは地面に体を打ち付けたり、肩の脱臼が生じやすい体勢を強制されることが多く、肩の構造の許容範囲を超えた外力が加わることが原因です。よって肩の脱臼は外傷による受傷がそのほとんどです。
ー肩脱臼を繰り返すと生じることー
肩の脱臼を繰り返すとどうなるか?実は一度脱臼した肩には不安定性が出現してしまいます。
簡単に言うと”脱臼を引き起こしやすい肩”になってしまいます。そこから何度も脱臼をすることで、日常生活動作でも脱臼するようになり、生活に支障をきたす状態になってしまいます。これをー反復性肩関節脱臼ーと言います。
反復性肩関節脱臼に関しては後述する”脱臼を繰り返すとどうなるか”で詳しく説明しています。
どのくらいの頻度で肩の脱臼は起こるのでしょう?
海外の論文をベースに肩脱臼の頻度について紹介します。
全人口10万人の都市では、1年間に23.9人の肩脱臼患者が生じます。一方、大学生アスリートのようなハイリスクグループでは、1年間に10万人あたり最大169人の肩脱臼が生じます。
アスリート300人が300回ほど(約1年間)練習した場合(100000 athlete-exposures)、高校生で2人、大学生では2.5人の肩脱臼が生じます。
初めて肩脱臼した人の39%が再脱臼します。特に関節が緩い人・40歳未満の人・骨性バンカート左記の方は要注意です。
出血がある場合は真っ先に止血を行います。
出血している傷口をガーゼやハンカチなどで直接強く抑えて、圧迫を行い止血します。
止血が完了した、または出血がないことを確認した後はPRICE処置を行います。
P:Protect(保護)
R:Rest(安静)
I:Ice(冷やす)
C:Compression(圧迫)
E:Elevation(挙上)
S:Stabilization/Support(安静、固定)
現場でのPRICE処置が完了したら速やかに医療機関への受診をしてください。
痛みなく整復できているということは、整復時に、傷つけていないことになり、一番大切なことです。。少ない頻度のケースで整復時に肩のグレノイド骨折(骨性バンカート)が起きています。FARES (FAst, REliable, Safe)法が最も痛みなく整復できると私個人が持っています。
緊急での受診が困難な場合を想定して自己整復できるStimson法での整復方法を紹介します。
※状態把握をしないで無理に整復をすると骨折の危険性があります。
医療機関への受診が可能な場合は必ず受診し、医師の処置を受けるようにしてください。
Stimson法手順
1ベットにうつ伏せになり体を固定
2重りを手首から吊り腕をベットから垂らす
3整復されない場合、対象者の痛みや状態を把握しながら徐々に重りを追加することも可能
脱臼してからなるべく30分以内に整復を試みましょう
時間がたち過ぎている場合は自己整復は困難かつ危険ですので医療機関を受診してください
Stimson法 メリット・デメリット
利点:助手や整形外科医がいない場合にも行うことが可能
欠点:時間がかかる・うつ伏せになることで患者さんの状態把握がしづらい
固定後に徐々に肩関節の可動域訓練を開始し、肩を動かす範囲を増やしていきます。肩の関節を安定する筋肉の強化を行い肩の安定を図り、円滑に動かせる環境を作っていきます。肩脱臼のリハビリテーションは、肩の筋力や可動域を回復させ、再発を防止するための重要なプロセスです。初期段階(安定性の回復):痛みや腫れの軽減のため、包帯やスリングを使用して肩を安定させます。
リハビリテーションは患者の状態に応じて調整され、一人一人に特別なメニューが作成されます。医師と理学療法士のチームの指示に従い、リハビリプログラムを適切に実施することが重要です。
ーリハビリを行う上でのポイントー
・脱臼ポジションの理解
・肩関節周囲のトレーニング
タクシーや人を呼ぶ際に挙手をしますよね。その際の手のポジションは脱臼を起こしやすい肢位となり注意が必要です。また、スライディングなどで腕が後ろに引かれた肢位も脱臼しやすいポジションですので注意が必要です。
このように肩には脱臼を起こしやすいポジションが存在します。肩関節脱臼治療を行うにあたっては肩関節が脱臼しやすいポジションをしっかり理解し、リハビリや日常生活、スポーツを行う際に注意する必要があります。
腱板筋群トレーニング
肩は肩甲骨と上腕骨が連結し、関節を構成しています。上腕骨を取り巻くように付着しているのが4つの筋肉から構成される腱板筋群です。腱板筋群は大きくないインナー筋のため負荷の軽いチューブや輪ゴムを使ってトレーニングを行うと効果的です。
肩甲骨周囲筋トレーニング
肩甲骨の周囲にも筋肉は付着しています。肩関節は肩甲骨と上腕骨が連動して動くことで安定して動くことができるため肩甲骨をしっかりと動かせることが重要です。また、肩甲骨は安定して背中に位置する必要があるため固定性を獲得することも重要になります。
初回の脱臼で肩を安定させている組織が損傷を起こした場合、多くは脱臼を繰り返してしまう反復性肩関節脱臼へ移行する可能性が高くなります。反復性肩関節脱臼の状態になるとリハビリテーションで治すことは不可能です。日常生活やスポーツ活動が制限され、患者さんのQOL(生活の質)が低下している場合には、手術による治療選択が必要になります。手術方法は患者さんの背景を考慮して選択します。
具体的には以下のような項目を聴取して決定します。
・脱臼を何回繰り返しているか?
・痛みを伴うか?
・不安定感を強く感じる肩のポジションは?
スポーツ選手の場合
・種目
・競技レベル
・ポジション
・脱臼側が利き手か否か
・どんなプレーで支障が出るか
・試合復帰の予定
以上のことを聴取し総合的に手術の方法を決めます
アスリートは早期復帰が必要です。しかし、その判断は難しいです。アメリカのスポーツ雑誌に掲載された肩脱臼後の競技復帰の目安を紹介します。肩脱臼後3週間で競技復帰を目指し、リハビリを行います。
ー改善しない肩脱臼を治す方法ー
保存療法・リハビリで症状が改善せず、肩の不安定感・脱臼感が改善しない方に対して、手術を検討します。
近年、はじめての肩脱臼患者さんでも保存療法では、肩の不安定感が多く残存するという研究結果があり、手術を選択すべきか選択すべきでないか、患者さんの希望をヒアリングし、十分な相談の上で検討しています。
”はじめて肩脱臼された患者さんの肩の不安定感の残存率:手術療法6.3%に対して保存療法46.6%”
手術療法については、ISAKOSのガイドラインを参照し、3つの方法を採用しています。
①:関節鏡視下バンカート修復術 (Arthroscopic Bankart repair)
②:関節鏡視下レンプリサージ (Arthroscopic Remplissage)
③:関節鏡視下関節窩再建術 (Arthroscopic Anatomical Glenoid Reconstruction)
肩の脱臼により損傷した前方関節唇を修復します。
脱臼の際にできてしまった上腕骨頭の陥没が大きい場合、その陥没の影響で再脱臼が起こりやすくなります。
再脱臼を防ぐためにはその陥没を埋めるレンプリサージという方法を用います。
上腕骨頭の陥没に関してはCT検査で詳しく状態を判断します。
”最近の発表では、Remplissageをしても、動きの制限は外旋で10度ほど(術後1年)で術後2年時には制限がなくなることがわかっています。”
肩を脱臼した際に、関節窩が骨折を起こすことがあります。その場合、受け皿が小さくなってしまい、肩が脱臼しやすくなります。
その小さくなった受け皿を大きくする方法がAAGRです。
AAGRの分野で第一人者であるカナダ・ダルハウジー大学スポーツ整形外科Ivan Wongの方法を模倣し、手術を行っています。
肩脱臼手術後のリハビリテーションは、手術で修復した組織の回復段階に応じて進めていきます。
ここでは、通常の肩脱臼手術後のリハビリテーションについて解説を行います。
※手術前の身体機能や、靭帯・筋肉や関節の状態、手術中の処置内容、術後の機能改善の経過によってリハビリ内容やスポーツ復帰期間は変動します。
ー手術後の状態を良くするために大切な術前リハビリー
手術前は手術に向けて肩関節の”可動域”と”筋力”を獲得するための訓練を行います。
手術後は肩を固定する期間が3週間程あるため筋力低下が生じます。よって、術前に十分な可動域と筋力をつけておくことが大切になります。
以下に術前によく行うリハビリの内容の例を紹介します。
手術後から3週間は装具を装着して修復靱帯の保護を行います。この期間は修復靱帯を保護するため可動域訓練は行いません。 (木﨑Dr2週non-ROM)
ー肩が固まってしまうことを防ぐー
この時期は患者さん主体で肩を動かすことができないため、セラピストが主体で肩周囲筋群のリラクゼーションを行い肩の拘縮を予防します。
ー肘が固まることを防ぐー
装具固定中は肘を曲げているため肘関節の拘縮予防も行います。
関節運動が起こらないように肩を安定させる腱板筋のトレーニングを行います。(矢印は患者さんが力を入れる方向)
組織の保護をしながら徐々に関節の可動域獲得と筋力強化を行います。
修復靱帯への負荷を減らした形で肩の拘縮予防を行います。
この時期から写真の肢位で関節運動を伴う筋力強化を行います。
肩後方組織のストレッチを行い可動域を増やします。
本格的な筋力強化訓練を行います。また脱臼を生じやすい肢位での可動域訓練とトレーニングを行うことで再脱臼予防に努めます。
肩の動きには肩甲骨が正しい位置にあり、かつしっかりと可動することが重要であるため、肩甲骨周りの筋力トレーニングを重点的に行います。再脱臼を予防するためにも非常に重要です。
この時期からランニングも開始していきます。
スポーツ復帰への準備期間としてトレーニングの負荷量が増え、複合的かつ瞬発的な要素のあるトレーニングを行っていきます。
瞬発的な力を求められるエクササイズを行うことで、短時間で最大の筋収縮力をつけることができ、より競技のシーンを意識した再脱臼予防を行います。(内容は競技により変わります)