人が最後まで自分らしく、
生き生きと動ける社会を創る
運動器医療を通じて、人々の人生に
『動ける自由』と『生きる喜び』を届けます。
企業の使命・存在意義
健康寿命をのばし、
痛みのない人生を届ける
骨・関節・筋肉などの運動器の診断・治療・予防を通じて、誰もが最後まで自分の足で歩み、やりたいことを楽しめる毎日を実現します。
目標や将来像
日本発の先端医療を、
世界のスタンダードへ
〔 01 〕
スポーツ医学の最前線で培った技術を地域医療に還元し、アスリートの『早期復帰』と地域住民の『もう一度歩ける喜び』をつなげる。
〔 02 〕
関節鏡視下手術・再生医療・特殊治療など日本発の技術を活用し、本来の運動器をできる限り温存する医療を追求する。
〔 03 〕
高齢化社会における
『ぴんぴんころり』を支える医療モデルを確立し、日本から世界へ発信する。
行動指針や価値観
患者中心
一人ひとりに合わせたオーダーメイドの医療を提供する
先進性
日本発の技術と知見を磨き続ける
誠実さ
科学的根拠に基づき、真摯に患者と向き合う
挑戦
医療革新に恐れず挑み続ける
共創
地域・研究機関・世界と協力する
存在意義
即時除痛・早期完全復帰
苦しみを最短で取り除き、希望を最速で取り戻す
最後まで自分らしく
『ぴんぴんころり』を実現するため、運動器医療を究める
動ける喜びの追求
『歩ける』『走れる』当たり前を支える誇り
日本から世界へ
日本で育った先端医療とリハビリを融合し、新しい医療モデルを届ける
理事長あいさつ
Greeting
我々が歩んだ20年、そして新たな時代の創造へ
2025年、AR-Exは歴史的な変革の一歩を踏み出します
この22年間、私たちは『関節鏡視下手術』『リハビリテーション』『運動療法』に専心し、整形外科医療の最前線を歩み続けてまいりました。しかし、医療の進歩は驚異的な速度で広がり、治療法は多岐に及んでいます。私たちは今一度「医療とは何のためにあるのか」という根源的な問いに立ち返り、その答えを胸に新たな体制を築き上げる決断をいたしました
AR-Exはこれからも、患者様と真に向き合い「共に治す」という理念を揺るぎなく守り続けます。そして整形外科医療の未来を切り拓く挑戦を、確かな覚悟をもって進めてまいります
沿革
AR-Exのこれまでと、これから
2003年、AR-Ex Medical Groupは長野県佐久市に誕生しました。設立当時から整形外科の、特に関節疾患に関して鏡視下手術を駆使して治療に挑戦し続けてきました。関節疾患には出来るだけ人工関節にしない、スポーツ選手には早期の完全復帰を。この方針を20年以上にわたり貫いてまいりました。その20年以上の経験の積み重ねで臨床技術は勿論の事、多くの新しい知見を得る事が出来ました
その総力として、オリンピック選手では不可能と言われた膝のケガから復帰して金メダルを獲得したり、人工関節しか治療法が無いと言われた患者様が関節鏡視下手術でスポーツを楽しんだりと、多くの奇跡的な症例を経験しました。この経験を更に発展させることが整形外科医療の新時代にAR-Exに与えられた使命であると考えています
略歴
| 2003年 9月 | 医療法人佐久平整形外科クリニック 開業 スポーツ関節鏡視下センターとして近隣施設とのオープンベッドシステムを活用し、関節鏡視下手術を開始する |
|---|---|
| 2006年 4月 | 医療法人アレックス 佐久平整形外科クリニックに名称変更 |
| 2006年 11月 | 上田整形外科クリニック 開設 アレックスデータセンター 開設 |
| 2007年 2月 | 都立大整形外科クリニック 開設 |
| 2009年 8月 | 明大前整形外科クリニック 開設 |
| 2009年 9月 | 長野整形外科クリニック 開設 |
| 2012年 8月 | 佐久画像解析センター 開設 |
| 2012年 12月 | AR-Ex尾山台整形外科 開設 (病棟 (19床)・手術室 (3室) 設置) |
| 2015年 5月 | メディカルリサーチセンターへ名称変更 (旧旧データセンター) |
| 2017年 4月 | アレックス脊椎クリニック 開設 |
| 2017年 9月 | さいたま整形外科クリニック 開設 |
| 2018年 10月 | スポーツ・難治性疼痛外来 開始 |
| 2021年 4月 | 上田整形外科内科へ名称変更 (旧上田整形外科クリニック) |
| 2024年 1月 | 日本体育大学連携 開始 (理事長が日本体育大学クリニック外来を開始) |
| 2025年 2月 | 日本体育大学クリニック・アレックス東京へ名称変更 |