上前腸骨棘剥離骨折
症状
上前腸骨棘剥離骨折(じょうぜんちょうこつきょくはくりこっせつ)は、主に10代の成長期にあるスポーツ選手に見られる骨盤の骨折です。骨盤の前面にある「上前腸骨棘」という出っ張った骨に、太ももの筋肉(縫工筋や大腿筋膜張筋)が急激に強く働くことで、骨の一部が筋肉に引っ張られて剥がれてしまう状態を指します。短距離走のスタートダッシュや、サッカーでの強いキック、ジャンプなどの動作で起こることが一般的です。
具体的な症状としては、以下のようなものが挙げられます。
- 「ブチッ」という音や弾ける感覚:受傷した瞬間に、骨盤のあたりで何かが弾けるような音や感触を感じることが多くあります。
- 足の付け根の激しい痛み:プレー中や走っている最中に、股関節のやや外側あたりに突き刺すような強い痛みが生じ、その場でプレーを続けることが難しくなります。
- 太ももの外側のしびれや違和感:剥がれた骨のズレが大きかったり、内出血が起きたりすると、近くを通る神経が圧迫され、太ももの外側にピリピリとしたしびれが出ることがあります。
- 患部の腫れと熱感:骨が剥がれた部分を中心に赤く腫れたり、触れると熱を持っていたりします。受傷から1〜2日経つと、太もものあたりに青あざ(皮下出血)が出てくることもあります。
- 歩行のしにくさ:痛みのため足を引きずって歩くようになったり、階段の上り下りや足を持ち上げる動作が非常に困難になったりします。
- 押した時の強い痛み:骨盤の前面にある骨の出っ張りを指で押すと、飛び上がるような鋭い痛みを感じるのがこの骨折の大きな特徴です。
これらの症状は、最初は「ひどい肉離れ」と勘違いされることもありますが、適切な処置をしないと骨がくっつかずに痛みが長引いたり、将来のスポーツパフォーマンスに影響したりすることがあります。そのため、違和感があれば早めに受診することが大切です。
原因
上前腸骨棘剥離骨折は、成長期特有の骨の柔らかさと、スポーツによる爆発的な筋肉の力が組み合わさることで発生します。この時期の子供の骨には「成長板(骨端線)」という軟骨部分があり、成人の完成した骨に比べて強度が弱いため、筋肉の引っ張る力に耐えきれず剥がれてしまうのです。
主な原因として、以下の要素が挙げられます。
- 急激な筋肉の収縮:短距離走のスタートダッシュやサッカーのシュート動作など、一瞬で筋肉が最大まで縮む際に、付着している骨を強力に引き剥がしてしまいます。
- 縫工筋による強い牽引:太ももの前面を斜めに走る長い筋肉である「縫工筋」が、股関節を伸ばした状態から急に曲げる動作などで骨盤の骨を強く引っ張りすぎることが直接の原因となります。
- 大腿筋膜張筋による負荷:骨盤の外側を支える「大腿筋膜張筋」も同じ場所に付着しており、体をひねる動作や踏ん張る動作において、骨に対して横方向や後ろ方向への強い力を加えます。
- 繰り返しのストレスと疲労:日々の激しい練習により骨の付着部に小さなダメージが積み重なっていると、組織が脆くなり、一回の強い負荷で骨折を誘発しやすくなります。
- 筋肉の柔軟性の不足:成長期は骨の伸びに筋肉の柔軟性が追いつかないことがあり、硬い筋肉のまま急激な動きをすると骨への負担が逃げ場を失いやすくなります。
このように、成長期という体が大きく変化する時期に、特定の筋肉へ過度な負担がかかり続けることが、骨折を引き起こす大きな背景となります。
診断
痛みの原因を正確に見極め、適切な治療を行うためには、精密な診断が不可欠です。問診にて痛みの出た状況を詳しく伺い、診察では患部の腫れや、骨の出っ張り部分に一致する痛みがあるか、股関節を動かした際にどこが痛むかを慎重に確認します。
画像検査では、主に以下の方法を用いて状態を詳しく調べます。
- レントゲン検査:骨の剥がれ具合やズレの距離を確認するために行います。成長期の場合は、痛みのない反対側の骨盤と比較することで、わずかな変化も見逃さないようにします。
- 超音波(エコー)検査:レントゲンには映りにくい小さな骨片や、周囲の内出血、筋肉の損傷をリアルタイムで確認するのに適しています。
- CT検査:骨のズレが大きく、より立体的に骨の状態を把握する必要がある場合に行います。手術が必要かどうかを正確に判断するための重要な情報となります。
- MRI検査:骨折が起きる前の炎症段階や、レントゲンでは分かりにくい骨の内部のダメージ、周囲の筋肉の傷み具合を診るために非常に有用です。
これらの検査を使い分けることで、単なる肉離れとの違いを明確にし、スポーツへの早期復帰に向けた正確な計画を立てることができます。
治療
上前腸骨棘剥離骨折の治療は、多くの場合、手術をしない「保存療法」で十分に治すことができます。骨のズレがそれほど大きくない場合は、適切な安静と段階的なリハビリテーションを行うことで、良好な経過をたどることが可能です。
主な治療方法は以下の通りです。
- 安静および松葉杖の使用:受傷直後の数週間は骨がくっつくのを助けるため、松葉杖を使って足に体重をかけないようにし、骨折した部分に負担をかけない環境を整えます。
- 痛みと炎症を抑える処置:痛みが強い時期には、氷で冷やしたり、消炎鎮痛剤を処方したりして、腫れや苦痛を速やかに和らげます。
- 段階的なリハビリテーション:痛みが治まってきたら、理学療法士の指導のもとで関節の動きを滑らかにする運動や、弱った筋肉を鍛えるトレーニングを無理のない範囲で進めます。
- 動作の改善とセルフケア:再発を防ぐために、筋肉の柔軟性を高めるストレッチの方法や、体に負担をかけにくい走り方、キックフォームの指導を行います。
- 外科的治療(手術):骨のズレが極めて大きい場合や、神経のしびれが残る場合、また将来のパフォーマンスへの影響を最小限にしたい場合には、骨をボルトなどで固定する処置を検討することがあります。
治療期間の目安としては、日常生活に支障がなくなるまで約1ヶ月、全力でのスポーツ復帰までには2ヶ月から3ヶ月程度を要することが一般的です。焦って無理に動かしてしまうと、骨が本来の位置でくっつかなくなったり、痛みが長引いたりする原因になるため、医師と相談しながら着実に段階を踏むことが大切です。