前十字靭帯損傷とは
前十字靭帯はどこ?
前十字靭帯断裂
前十字靭帯は膝関節を安定させる役割を持つ靭帯です膝関節に下記の過剰な力が加わると靭帯がストレスを受けます。
- 大腿骨に対して脛骨が前へ移動しない様に制御
- 膝関節が伸びた状態から過剰に伸びることを制限
- 脛骨が大腿骨に対して回旋(ねじれる)ことを制限
これらの方向の力が膝関節に対して加わると靭帯は緊張します。加わる力が靭帯の強度を超えると断裂します。
前十字靭帯の受傷
前十字靭帯は急激なストップや方向転換、ジャンプの着地で膝に剪断力が加わった際に脛が前方にずれることを防ぎます。サッカーやバスケットボール、スキーなどの急激な方向転換を伴うスポーツや、ラグビーやアメリカンフットボール、格闘技など、コンタクトの多いスポーツにおいて、自分の意思とは違った方向に関節が強制的に持っていかれたり、地面に着地した際に損傷します。
ストップ動作や方向転換時に生じやすい
膝関節の軽度屈曲と下腿内旋(膝が捻る)が起こると膝が内側に入り受傷してしまう
ジャンプの着地やタックルを受けた際に生じやすい
膝が伸びる方向により強制されると受傷してしまう
前十字靭帯損傷の診断
前十字靭帯損傷後の腫れ
前十字靭帯損傷後は膝が腫れます。前十字靭帯損傷による出血が膝の中あり、膝の曲げ伸ばしに影響を及ぼします。前十字靭帯が切れている場合は膝関節の水を抜くと下記のような赤黒い血性の水が抜けます。靭帯が切れてない場合は、黄色い色の水が抜けます。軟骨損傷がある場合、途中経過で必要に応じてヒアルロン酸注射を行う場合もあります。
膝関節は関節全体が関節包という一つの袋に包まれています。関節の内部は関節腔といい、そこにはとろみのある水(関節液)が入っていて潤滑油と軟骨に栄養を供給する役目をになっています。この関節液は、通常は黄色く透明です。しかし、炎症・感染・靭帯が切れるなどによって、水の色が変わってきます。
黄色で透明→半月板損傷・軟骨損傷・変形性関節症など黄色で濁りがある(混濁)→関節リウマチ、痛風・偽痛風など白く濁りがある→感染・化膿性関節炎など血液→半月板損傷、靭帯損傷、関節包損傷など油の混じった血液→関節内骨折(膝蓋骨折・脛骨高原骨折など)レントゲンでは、ズレがほぼなくはっきりしない場合
前十字靭帯損傷の画像検査
前十字靭帯の診断に必要な撮影条件
正常な前十字靭帯の矢状断像では、すっと伸びた黒い帯状の構造として描出されます。しかし、左の画像では途中で切れているかのように見えます。ACLは斜めに走行しているため、ACLの走行に合わせずに通常の矢状断で撮像すると下のような画像になってしまいます。そのため、我々の施設では、ACLの損傷・断裂をより詳しく観察するために、ACLの走行に合わせた設定を行っています。それにより、下の画像のようにしっかりと「連続した黒い帯」として描出されます。前十字靭帯の完全断裂
完全断裂の場合、MRIで靭帯が途中で完全に途切れているのが明瞭に描出される場合、なんとなくつながって見えることや、緊張感が無くなっている場合などが有ります。下の画像は完全断裂の症例で、黄色の印の部分で完全に断裂しているのが分かります。前十字靭帯損傷はどんな怪我
スポーツや事故によって自分の意思とは違った方向に関節が強制的に持っていかれたり、地面に着地した際に靭帯が断裂もしくは不全断裂を起こし、靭帯として関節を制動することができなくなった状態です。怪我をした時に断裂音が聞こえることもあります。前十字靭帯損傷の症状
怪我をした直後は歩けることもありますが、徐々に関節から腫れてきて歩行できなることもります。炎症が落ち着いてくると歩行もでき、日常生活上問題なく過ごせる様になります。しかし、靭帯の損傷により関節が不安定なうえ、膝崩れや不安定な感覚など違和感を感じることがあります。また、関節内の炎症が起き、一時的に筋肉の萎縮も生じるため、力の入れにくさを感じやすくなります。前十字靭帯の治療方法
靭帯の損傷は自然治癒はしないとされています。細胞レベルの修復は多少されますが、切れた靭帯が元通りの機能を取り戻すように修復されることはありません。そのため、根本的な治療は靱帯の構造(器質的)と、負担を少なくした膝の使い方(機能的)の治療が必要となります。器質的には手術療法、機能的にはリハビリテーションが重要です。大会が近いなどの理由で手術をしない方法も選択される場合がありますが、その場合筋力とテーピングやサポーターで膝を支持することになり、根本的な治療ではなく一時的な応急処置として選択されることもあります。前十字靭帯の損傷を放置したらどうなる?
前十字靭帯の損傷を放置すると、膝の安定性を低下させ日常生活や軽い運動中に膝が不安定になる可能性があります。膝が抜けるような感覚や捻挫の再発が起こりやすくなります。この不安定さは、時間が経つにつれて膝の関節の軟骨や半月板などの正常組織を徐々に損傷し、最終的には変形性膝関節症のリスクを高めることがあります。そのため、機能不全が生じている場合、手術治療が望まれることが多いです。
前十字靭帯損傷後の後遺症
手術をしなかった場合、関節が不安定な状態なので長期的にみると、怪我をしていない膝と比較して早期に軟骨や骨の障害をきたします。生活でも膝崩れを繰り返すときは関節内を損傷させる原因となるため、早めの器質的、機能的に治療が必要です。膝の不安定性
前十字靭帯は膝関節の安定性を保つ重要な役割を持っています。損傷により、膝が突然抜ける感じや膝の不安定感が生じ、日常活動やスポーツに影響を与えることがあります。膝の怪我のリスク
膝の安定性が損なわれることで、捻挫などの他の膝の怪我が再発しやすくなります。二次的な半月板損傷や軟骨損傷
不安定な膝は、半月板や軟骨に異常な負担をかけ、これらの組織の早期劣化や損傷を引き起こす可能性があります。
前十字靭帯は全治何ヶ月?
スポーツへの復帰にかかる期間は選択される治療方法により異なります。手術を行う場合はスポーツ復帰の期間は9〜12ヶ月です。
治療には手術か保存治療がありますが、スポーツを行う若い年代の場合は手術を行うことがスタンダードです。手術後は個人の回復の状況にもよりますが、6〜9ヶ月で各スポーツのトレーニングが開始され、徐々に以前の運動レベルへの復帰を目指します。競技によってはこの段階で部分的に復帰することもあります。9〜12ヶ月以上で多くの競技選手がこの期間に本格的なスポーツ復帰をします。
またケガを前十字靭帯の手術を行うためには下記の条件必要です。
・前十字靭帯損傷による炎症の改善
・膝関節の可動域(曲げ・伸ばし)の改善
当グループで行う前十字靭帯の手術の特徴
自分の組織を用いて再建する(自家腱移植)のが、世界的にもベストな方法とされています。移植腱は、膝屈筋腱(ひざくっきんけん)を用いる場合と膝蓋腱(しつがいけん)を用いる場合があります。膝屈筋腱(ひざくっきんけん)を用いた関節鏡視下(かんせつきょうしか)再建術は、最小限の切開で大きな合併症もなく、術後の成績も安定しているため、有効な治療方法として確立されています。膝関節を構成する大腿骨と脛骨の最適部位に関節鏡を用いて細いトンネルを作製し、そこに採取加工した腱を貫いて上端と下端を金具で固定することで膝の安定性を得ることを目的とします。
また、体操、ラグビー、柔道、アメリカンフットボール、相撲など衝撃が激しいスポーツ患者の場合、膝蓋腱(しつがいけん)を用いた再建術を行うこともあります。当院では、スポーツ競技やポジション、年齢、関節の柔らかさなどを考慮し患者に合わせた、最適な再建を目指します。
手術方法:当院で行うOutsideーin法と一般的に行われるinside-out法の違い
前十字靱帯再建術のキーポイントは前十字靭帯がもともとあった位置に再建することです。もともと前十字靭帯があった位置からズレてしまうと膝の不安定性が増大してしまうという報告もあり、当グループではOutsideーin法による解剖学的位置への骨孔作成を行っています。
基本的に現在の日本の多くで行われているinside-out法の前十字靭帯再建法は大腿骨の骨穴が前に作られているために制動力不足や再断裂が起こる確率が高くなる可能性があると考えています。大腿骨の穴の位置を確かめるために3DCTを用いて説明します。
我々アレックスグループが施行している再建術の大腿骨の穴の位置です。この位置は一般的なinside-out法の前十字靭帯再建術の術式では不可能な場合が多く認められます。
半腱様筋腱を用いる方法(ST法)
太ももの後面から膝の内側後方へ伸びるひも状の腱を採取して、関節内の長さや再建に必要な太さに応じて成形し、前十字靭帯の位置に移行する方法です。骨への固定には、人工の腱か糸と固定用のスクリューを使用します。1本の太い靭帯を再建する「1ルート法」と2本の靭帯で再建する「2ルート法」があります。
膝蓋腱を用いる方法(BTB法)
膝のお皿の下にある幅3㎝程の腱の真ん中1/3程度を骨付きで採取し、前十字靭帯の位置に移行する方法ST法とBTB法の比較 メリットとデメリット
メリット | デメリット | |
---|---|---|
ST法 | ・手術後の採取部分の痛みが少ない ・BTB法より手術の傷が小さい |
・BTB法より復帰がゆっくり ・膝屈筋力(曲げる力)が低下する |
BTB法 | ・骨を腱と共に採取し固定するため、初期固定力が強い ・身体に残す人工物は少ない |
・膝前方の痛みが残存する可能性がある ・術後の疼痛が他の方法に比べて大きい ・膝伸展力(キック力)が低下する |
入院期間は4日間
手術の前日に入院します。手術翌日からリハビリを行い、手術後3日で退院します。詳細はこちらをご覧ください。
前十字靭帯手術後のスポーツ復帰:アスレティックリハビリテーション
当グループでは、術後のリハビリテーション(以下リハビリ)に関しては、『タイムベース=時間の経過』と『タスクベース=運動課題のクリア』という概念を念頭にリハビリを進めています。『時間の経過=タイムベース』について
手術をした初期は、術後の影響により炎症が起こります。これを無視して負荷の高すぎる運動をしてしまうと炎症が長引いたり、再度怪我をしてしまうことに繋がります。そのため、組織が治ってくる時期を考慮しながら、術後最初の内は、マイルド目なリハビリを行い。時間経過とともに炎症が落ち着いてきたら、より負荷をかけたリハビリに転じていきます。期間に応じて、正しい負荷でリハビリを行うことで、修復した組織により良いストレスを与えることができます。
『運動課題のクリア』について
スポーツに復帰していくにあたって、筋力や、可動域の回復が必要な要素です。また、それ以外にもスポーツ特有の動作の獲得が必要となってきます。リハビリで運動課題をクリアし、動作を習得することで再受傷のリスクを軽減させ、安全に競技に復帰していくことができます。『適切な時期に、適切なリハビリ』をすることも大切ですが、『運動課題』がクリアできていなければ次のステップには進めません。場合によってはリハビリの強度や難易度を落として、再度動作の学習や、運動課題のクリアをしていきながら前進と交代を繰り返しながらリハビリを進めていきます。よって、この二つの要素が混じり合う形でリハビリが進んでいきます。