肘内側側副靭帯損傷(MCL)
症状
肘内側側副靭帯(MCL)は、肘の内側において上腕骨と尺骨を連結する、強固な靭帯です。この靭帯は、特に腕を振るスポーツなどで肘の外側からかかる強い力(外反ストレス)に対し、関節が過度に開くのを防ぎ、肘の安定性を保つ「ストッパー」としての重要な役割を担っています。野球の投球動作のように、肘に大きな負担が繰り返し加わることで靭帯の損傷が蓄積し、痛みや機能的な問題が生じます。
具体的な症状としては、主に以下の点が挙げられます。
- 肘の内側の痛み: 投球動作の加速期など、肘に強い牽引力(引っ張る力)がかかった瞬間に、肘の内側に鋭い痛みや強い張りを感じます。
- 投球能力の低下: 靭帯の損傷が進行すると、投球時に肘がうまく使えなくなり、球速の低下や投球コントロールの乱れなど、運動機能の明らかな低下となって現れます。
- 肘の不安定感: 靭帯が損傷し、関節の安定性が失われると、肘に力を入れたり重い物を持ったりした際に「関節がぐらつく」「外れそうになる」といった不安な感覚を覚えることがあります。
- 急性的な強い炎症反応: 転倒などによる一度の強い外力で靭帯が大きく損傷した場合、激しい痛み、肘の腫れ、内出血を伴い、肘の曲げ伸ばしが大きく制限されることがあります。
肘の痛みや違和感を単なる「使いすぎ」と自己判断せず、特にスポーツでの機能低下が伴う場合は、靭帯の損傷が進んでいる重要なサインである可能性があります。放置すると損傷が悪化し、慢性的な不安定性に繋がるため、早期に専門医の診断を受けることが大切です。
原因
肘内側側副靭帯損傷の最も一般的な原因は、肘関節に繰り返し加わる過度な「外反ストレス」です。このストレスが靭帯組織に持続的な小さな傷(微細な損傷)を引き起こし、やがては部分的な断裂や完全な断裂へと発展します。
具体的な原因は以下の通りです。
- 繰り返しの投球動作による疲労: 野球の投球では、ボールをリリースする瞬間に肘の内側に大きな引っ張り力が発生し、この負荷が繰り返されることで靭帯の繊維に損傷が蓄積していきます。
- 全身の動作の偏りや体の使い方: 投球時などに体幹や肩甲骨周りの筋肉を効率よく使えない場合、運動エネルギーの過剰な負荷が肘の内側側副靭帯に集中してしまい、損傷リスクが高まります。
- 急性外傷による強い外力: スポーツ中の接触や転倒事故などで、肘が通常動く範囲を超えて強制的に曲げられたり、伸ばされたりした場合、靭帯の許容範囲を超える力が一度にかかり、急性の完全断裂を引き起こすことがあります。
損傷を防ぎ、治療後の再発を避けるためには、単に肘への負担を軽減するだけでなく、体全体の柔軟性や筋力バランス、そして動作全体の効率性といった根本的な問題にも着目し、改善することが極めて重要です。
診断
正確な診断は、肘内側側副靭帯損傷の治療を成功させるための第一歩です。診断の目的は、損傷部位と程度を正確に特定し、特に靭帯の機能がどの程度失われているかという「関節の不安定性」を客観的に評価することにあります。
診断プロセスは、以下の手順で行われます。
- 問診と触診(徒手検査): 痛みの始まり方やスポーツ活動の詳細など、詳細な病歴をお聞きした後、専門医が肘関節にストレスをかけながら靭帯の緩み具合や痛む部位を確認し、損傷レベルを推定します。
- 超音波(エコー)検査による動的評価: 放射線被曝がなく身体に負担の少ないエコー検査は、診断時に肘関節を動かしながら靭帯の状態をリアルタイムで観察できるため、静止画では評価が難しい「関節のグラつき」という不安定性の程度をその場で迅速に判断することが可能です。
- MRI検査: 靭帯の繊維の構造や断裂の範囲、さらには周辺の腱や関節軟骨の状態を詳細に確認するために用いられ、特に靭帯の完全断裂の有無や関節内の遊離体など、手術の必要性を判断する上で重要な情報を提供します。
当院では、高性能な超音波検査やMRI検査を組み合わせることで、靭帯の損傷を多角的に捉え、最適な治療を早期に開始できるように、迅速かつ的確な診断を提供しています。
治療
肘内側側副靭帯損傷の治療は、損傷の程度や患者様の年齢、活動レベル、そして競技復帰への目標時期を総合的に判断して決定されます。軽度の損傷に対しては自然治癒を促す保存療法が中心となりますが、重度な損傷や早期復帰を目指す場合は、再生医療や手術といった専門的な治療も選択肢に入ります。
具体的な治療方法は以下の通りです。
- 保存療法とリハビリテーション: 軽度から中程度の損傷の場合、まず炎症を抑えるための内服薬や注射を行い、一定期間の安静を図ります。その後、専門スタッフの指導のもと、肘周囲の筋力強化や柔軟性改善を目的としたリハビリを開始し、再発予防のため原因となった肩や体幹(体の軸)の動作改善にも重点を置きます。
- PRP(多血小板血漿)治療: 患者様ご自身の血液を採取し、抽出した血小板を高い濃度で含む液体(PRP)を損傷部位に注入する再生医療です。血小板に含まれる多数の成長因子が、損傷した靭帯組織の細胞増殖や修復を強力に促し、身体が本来持つ治癒力を高めることが期待されます。
- 手術(靭帯再建術): 靭帯が完全に断裂している場合や、保存療法や再生医療を行っても関節の不安定性が強く残り、スポーツ活動への復帰が極めて困難である場合に検討されます。一般にトミージョン手術として知られる靭帯再建術では、患者様ご自身の他の腱を移植し、損傷した靭帯を新しく作り直します。
軽度な損傷であれば数週間で回復が見込めますが、重度な完全断裂や手術を行った場合は、数ヶ月間にわたる専門的なリハビリが必要となります。当院では、患者様が安全に元の活動レベルに戻れるよう、細かく計画された段階的な復帰プログラムを提供いたします。