投球障害肩(野球肩)とは?
投球動作が原因で肩が痛くなることを
「野球肩」といい、医療現場では
「投球障害肩」と呼びます。
そしてこの野球肩は投球動作によって引き起こされる様々な疾患の総称であり、その症状は多岐にわたります。
投球動作の時期によって痛みの程度、場所が変わってきます。
野球肩では必ずしも肩や肘自体に問題があるとは限らず、原因は他にあることもあります。
現在は2つの考え方があり、1つは局所的に問題がある身体的要因があります。
主に肩関節の可動域や肩甲骨の周りの筋肉やインナーマッスルの筋力低下などが原因となっているものです。
もう1つは体幹・股関節の可動域や投球フォーム、体の使い方などにより肩にストレスが加わる機能的要因があります。
そして投球における繰り返しのストレスの多くは、不良フォームによる投球動作の繰り返しで起こります。
投球動作とその時期で考えられる疾患
①ワインドアップ期
投球の始動からステップ脚(右投げの場合左脚)を最大に挙げるまで
②アーリーコッキング期
最大に挙げたステップ脚を投球方向に踏み出し、接地するまで
→
肩峰下インピンジメント ・
上腕二頭筋長頭腱炎 の疑いがあります。
③レイトコッキング期
ステップ脚が接地してから、ボールが体の上後方(トップの位置)に達し、肩関節は最大限に外にひねる(肩関節最大外旋)まで
→
インターナルインピンジメント ・
SLAP損傷 ・
上腕二頭筋長頭腱炎 の疑いがあります。
④アクセラレーション期
ボールが体の上後方(トップの位置)に達し、肩関節は最大限に外にひねる(肩関節最大外旋)位置から投球方向に加速し、ボールをリリースするまで
→
リトルリーグショルダー(上腕骨近位骨端線離開) の疑いがあります。
⑤フォロースルー期
ボールをリリースして以降、減速動作を行い、投球動作が終了するまで
→
リトルリーグショルダー(上腕骨近位骨端線離開) ・
ベネット(Bennet)損傷 の疑いがあります。
投球障害肩で考えらえる病態
インピンジメント症候群
インピンジメントは「衝突」という意味があります。
肩関節を動かすことで上腕骨や肩甲骨、軟部組織、筋などが衝突し、疼痛が出現する病態をインピンジメント症候群といいます。
インピンジメント症候群には2種類あります。
肩峰下インピンジメント
【病態】
胸郭・胸椎運動の制限や投球側の肩甲骨の動きの不足などによりに肩甲骨と上腕骨が衝突し、
その間の軟部組織や筋に圧が加わり痛みが生じます。
【症状】
アーリーコッキング期に腕を外に開いた時(肩関節外転位)に肩上方に痛みが生じます。
【自宅で出来るセルフチェック】
痛くない方の肩に手を置き、 外転60度~120度の位置で肩に痛みを生じます。
肘を上に挙げた時に肩に痛みを生じます。
インターナルインピンジメント
【病態】
肩甲帯の柔軟性低下や軟部組織が硬くなる、肩関節が緩くなる(不安定性)などにより、上腕骨と肩甲骨が衝突し、
その間の軟部組織や筋に圧が加わり痛みが生じます。
【症状】
レイトコッキング期に腕を後ろに引く(肩関節水平外転位)、肩を外側にねじる(肩関節外旋位)時に肩後方に痛みを生じます。
【自宅で出来るセルフチェック】
肩を後方に捻った時に肩後方に痛みを生じます。
ベネット(Bennett)損傷
【病態】
投球動作の繰り返しにより腕を伸ばす筋肉(上腕三頭筋長頭)の付着部および軟部組織に伸張ストレスにが加わり、
骨棘と呼ばれる骨の突起が生じます。
【症状】
フォロースルー期に腕を振り下ろした時に肩後方の痛みが生じます。
【特徴的な所見】
①投球動作時肩後方痛
②X線上肩関節窩後下縁の骨棘
③肩関節窩後下縁の圧痛
④骨棘部局麻剤ブロック後の投球能力の著しい改善
⑤CT上の骨形態変化
SLAP損傷
【病態】
腕を曲げる筋肉(上腕二頭筋長頭腱)の付着部の関節唇損傷で野球を含むスローイングアスリートの投球側の病変としてみられます。
【症状】
レイトコッキング期に腕を後ろに引く(肩関節水平外転位)、肩を外側にねじる(肩関節外旋位)時に痛みが生じます。
【自宅で出来るセルフチェック】
肩を前後に捻った時にコリコリ音がしたり、痛みが生じたりします。
【画像検査】
・超音波診断装置(エコー)
・MRI検査
上腕二頭筋長頭腱炎
【病態】
肩関節後方軟部組織(筋や関節包など)の拘縮(硬くなること)や上腕骨に対して肩甲骨が前方に変位しているなどによって
繰り返し腕を曲げる筋肉(上腕二頭筋長頭腱)に摩擦ストレスが加わり、そこに炎症などが起きることで肩前方に痛みを生じます。
【症状】
レイトコッキング期で腕を後ろに引く(肩関節水平外転位)、肩を外側にねじる(肩関節外旋位)時に肩前方に痛みが生じます。
【自宅で出来るセルフチェック】
痛い方の肩を90度挙げ、肘を伸ばし、手のひらを上にした状態にします。
痛くない方の手で腕を下に押しキープします。
その時に肩に痛みが生じます。
痛い方の肘を90度曲げ、腕を外側に捻った状態にします。
痛くない方の手で痛い方の手首を持ち内側に捻りキープします。
その時に肩に痛みが生じます。
【画像検査】
・超音波(エコー)検査
・MRI検査
リトルリーグショルダー(上腕骨近位骨端線離開)
【病態】
投球により上腕骨近位骨端線が障害されて骨端線の幅が広くなった状態です。
初期は投球が禁止されますが、単に安静をとるのではなく肩甲帯や下肢の柔軟性など全身の身体機能改善にアプローチします。
肩の痛みと身体機能が改善されたことを確認し投球を許可します。
【症状】
アクセラレーション期からフォロースルー期で腕を振り下ろした時に痛みを生じます。
【画像検査】
・単純X線(レントゲン)検査
・超音波(エコー)検査
治療
リハビリテーション
リハビリテーションでは主に肩関節へのアプローチとそれ以外の肩関節に悪影響を及ぼす要因へのアプローチを行います。
肩関節だけの問題を改善したとしても、肩関節に影響を及ぼす問題を改善しなければ再び投球時に痛みが出てしまいます。
投球動作は全身運動です。
そのため肩だけに着目するのではなく、
全身をしっかり評価し、投球時の痛みの根本をリハビリテーションで治療・改善していく必要があります。
このように多くの要因が重なって野球肩は起こっています。
主なリハビリの内容は肩関節・肩甲骨の可動域や柔軟性の獲得、腱板と呼ばれるインナーマッスル(棘上筋・棘下筋・小円筋・肩甲下筋)・
肩甲骨の周囲の筋(僧帽筋下部・前鋸筋・菱形筋など)の筋力強化を行います。
それと同時に体をねじる動き(体幹の回旋)や股関節を内側にねじる動き(内旋)の関節可動域改善など体の全体的な柔軟性の改善を行い、
不良フォームにつながる動きの改善を図ります。
痛みが強い場合には投球を禁止し痛みの軽減や患部を安静に保つこともあります。
注射
注射による保存療法として当院では主にハイドロリリースと呼ばれる注射も行っています。
投球数制限(参考資料)
※一部改編し作成
※一部改編し作成
投球復帰プログラム
①シャドウピッチング
・タオルを使ってシャドウピッチング
・鏡の前に立ってフォームを確認しながら行う
・50%から始め、70~80%へとステップアップ
・100%の力で腕を振っても痛みがなければネットスローへと移行
・フォームを意識しながら行う(可能であれば鏡の前で)
②ネットスロー
・5m、10m、距離でのネットスロー
・50%⇒70~80%⇒100%へとステップアップ
・疼痛が出現したら、その前の距離へ戻る
・フォームを意識しながら行う
・10mを100%の投球可能⇒キャッチボールへ移行
③キャッチボール(塁間半分)
・塁間半分の距離を50%⇒70~80% ⇒100%
・塁間半分を100%の 投球可能が3日可能⇒塁間へ
④キャッチボール(塁間)
・塁間の距離を 50%⇒70~80% ⇒100%
・塁間を100%の投球可能が 3日可能⇒対角線へ(ホームベースから2塁ベース)
⑤対角線(ホームベースから2塁ベース)
・対角線距離を50%⇒70%⇒100%
・対角線が100%の投球可能⇒対角線+10~15mへ(ホームベースから2塁ベースの延長線上のインフィールドライン)
※野手はノックの実戦練習許可
⑥対角線距離+10~15m(ホームベースから2塁ベースの延長線上のインフィールドライン)
・対角線距離+10~15mを50%⇒70~80% ⇒100%
・対角線+15mを 100%の投球可能⇒
投手はブルペンでの投球開始
調整方法
・投球許可後(理学所見クリア)後①~⑥までを4~8週を目安として実施
・投球禁止のない選手は、
疼痛なく投球できる段階からスタートラインを決定
・50%(軽く)から始め、70~80%(力を入れる)へとステップアップしていく
・100%(全力)で投げられたら次の段階へ
※調整中に痛みが出たら元の段階に戻る
練習参加基準
野手:上記⑤クリアでノックの実戦練習参加 許可
投手:上記⑥クリアでブルペンでの投球許可