前十字靭帯とは

2020/07/21
#膝関節
医師
中島 駿

前十字靭帯とは

前十字靭帯靭帯は膝関節の靭帯です。膝関節には大腿骨(だいたいこつ)と脛骨(けいこつ)をつなぐ靭帯が4本あり、前後方向の膝の動きを制動する靭帯が前十字靭帯です。

前十字靭帯損傷

前十字靭帯は膝関節を安定させる役割を持つ靭帯です膝関節に下記の過剰な力が加わると靭帯がストレスを受けます。

  • 大腿骨に対して脛骨が前へ移動しない様に制御
  • 膝関節が伸びた状態から過剰に伸びることを制限
  • 脛骨が大腿骨に対して回旋(ねじれる)ことを制限

これらの方向の力が膝関節に対して加わると靭帯は緊張します。加わる力が靭帯の強度を超えると断裂します。

前十字靭帯損傷の原因は、接触型非接触型に分類されます。
接触型:ラグビーやアメフトなどで膝にタックルが入り直接的な外力を受けたとき靭帯が切れます。
非接触型:接触型のような膝に直接的な衝撃を受けていない状態で前十字靭帯が切れます。

前十字靭帯損傷の症状

・膝が腫れて、熱を持っている(関節内血腫)
・膝がぐらぐらする(不安定性)
・歩いている時に膝がガクッと崩れる感覚がある(膝崩れ)
・膝に力が入らない(腫脹の影響)
・膝が完全に伸びない・曲がらない(可動域制限)

前十字靭帯は、一般的な上記の症状を訴えることが多いですが、受傷直後と、急性期を過ぎた後では症状に大きく違いがあります。受傷直後は、「膝がズレた」「ガクッと抜けた」「力が入らない」などの一瞬亜脱臼して靭帯が切れた事による抜け感と共に、外傷による激痛が膝全体に起きます。場合によっては、荷重困難になりその場は、歩く事が困難になります。また、前十字靭帯が切れた事による出血が関節内に溜まり始め、徐々に関節の腫脹と共に膝の曲げ伸ばしが困難になります。

受傷から2.3週間以上経っている場合、関節の腫れや痛みは徐々に軽減し、日常生活で支障が出ることが少なくなってきます。しかし、ジャンプや走ったりなど日常生活以上のスポーツ動作などを行うと、膝がガクッと抜ける感じが起きます。こういった、膝の不安定感がメインになります。繰り返していると、日常生活のちょっとした動作でも膝崩れを起こす場合があります。

前十字靭帯損傷を放置するとどうなる

前十字靭帯損傷は、急性期を過ぎると日常生活に支障が出るほどの症状は無くなるため、“治った“と自己判断して病院への受診が遅れる場合もあります。いつのまにか、半月板・軟骨が痛んでいて二次的な障害がメインになってきます。近い将来、変形性膝関節症(関節軟骨がすり減って痛む高齢者に多い疾患)となる恐れまであります。

前十字靭帯は切れたら切れたまま

完全断裂の場合、MRIで靭帯が途中で完全に途切れているのが明瞭に描出される場合、なんとなくつながって見えることや、緊張感が無くなっている場合などが有ります。下の画像は完全断裂の症例で、黄色の印の部分で完全に断裂しているのが分かります。

前十字靭帯は関節内にある靭帯のため血流に乏しく、一度切れてしまうと自然治癒することが難しいです。手術しないと根治に至らない・スポーツ復帰するまでに時間を要すため、前十字靭帯が切れたことでプロを含めスポーツを辞める方も多くいます。一方、前十字靭帯の手術を行い復帰される方も多くいます。(フィギアスケートの高橋大輔選手は前十字靭帯の手術から競技復帰しています)

前十字靭帯が断裂すると膝の踏ん張る機能が破綻され、膝が不安定になります。年齢を重ねるごとに、筋力は低下していきます。その状態で日常生活やスポーツをしていると膝への負担は大きくなります。膝への負担が大きくなることで、不安定な膝を安定させようと膝に棘のようなものができたり、O脚変形が早くなると言われています。このようになってしまうと、運動したときに膝が痛くなってしまいます。

半月板損傷と変形性膝関節症への進行

前十字靱帯を損傷したままで運動や生活を続けていると、亜脱臼を繰り返すたびに半月板や軟骨などの膝のクッションの役割をする組織が傷ついてきます。また、亜脱臼を繰り返さなくても、膝の安定性が低下しているので、半月板や軟骨損傷などの組織は傷つき悪化していきます。

そのため、前十字靭帯の症状は出なくても、半月板や軟骨が傷ついてきたことによる、半月板損傷や軟骨損傷による症状が出てきます。結果、前十字靱帯損傷からの時間が長ければ長いほど、膝が痛くなる、腫れる、引っかかるなどの症状が出やすくなります。

前十字靭帯損傷の治療

前十字靭帯は関節内にある靭帯のため血流に乏しく、一度切れてしまうと自然治癒することが難しいです。そのため保存療法は不確実であり、一般的には薦めていないのが現状です。ただし、「数ヶ月後の最後の試合にどうしても出場したい」「スポーツを行わない方」や「仕事の都合で長期休暇が得られない方」「高齢の方」等、社会的背景を考慮し例外的に保存療法を選択することもあります。受傷直後の急性期では、炎症を抑えるような内服やリハビリを行い、日常生活の復帰をまずは目指します。

前十字靭帯の手術

スポーツ活動を継続したい方、日常生作でも "弛さ"や"膝崩れ"症状が出現してしまう方、年齢が若い方などは、靭帯の再建手術を行うことが望ましいです。早期のスポーツ復帰をご希望される場合を除き、どうしても急ぐ必要はなく、仕事や学校、ご家庭での都合に合わせて手術時期を決定します。ただし、その間は膝を捻るような動作を繰り返すと二次損傷を起こしてしまうリスクがあるため、そのような動作を避けて生活することが必要です。

前十字靭帯の手術の適応

年齢やスポーツへの参加などによって前十字靭帯損傷の治療方針や手術の適応が変わることがあります。患者さんののライフスタイルや活動レベル、関節の状態や手術リスクを考慮した上で治療方法の選択が必要です。

スポーツ

活動性の高い若年層やスポーツ選手では、不安定性を解消し、スポーツ活動への復帰を目指すために、関節鏡を用いた前十字靭帯再建手術が推奨されることが一般的です。特に、スポーツ外傷が多い若年者においては、手術による治療が多く実施されています​​。

年齢が高い場合は保存療法を検討

高齢者や日常生活において膝の不安定感がそれほど問題とならない場合、または手術リスクが高いと判断される場合は、保存的治療が選択されることがあります。保存的治療では筋力トレーニングを行いますが、これは膝の機能低下を防ぐためです​​。

手術方法

自分の組織を用いて再建する(自家腱移植)のが、世界的にもベストな方法とされています。移植腱は、膝屈筋腱(ひざくっきんけん)を用いる場合と膝蓋腱(しつがいけん)を用いる場合があります。膝屈筋腱(ひざくっきんけん)を用いた関節鏡視下(かんせつきょうしか)再建術は、最小限の切開で大きな合併症もなく、術後の成績も安定しているため、有効な治療方法として確立されています。膝関節を構成する大腿骨と脛骨の最適部位に関節鏡を用いて細いトンネルを作製し、そこに採取加工した腱を貫いて上端と下端を金具で固定することで膝の安定性を得ることを目的とします。

また、体操、ラグビー、柔道、アメリカンフットボール、相撲など衝撃が激しいスポーツ患者の場合、膝蓋腱(しつがいけん)を用いた再建術を行うこともあります。

半腱様筋腱を用いる方法(ST法)
太ももの後面から膝の内側後方へ伸びるひも状の腱を採取して、関節内の長さや再建に必要な太さに応じて成形し、前十字靭帯の位置に移行する方法です。
骨への固定には、人工の腱か糸と固定用のスクリューを使用します。1本の太い靭帯を再建する「1ルート法」と2本の靭帯で再建する「2ルート法」があります。
膝蓋腱を用いる方法(BTB法)
膝のお皿の下にある幅3㎝程の腱の真ん中1/3程度を骨付きで採取し、前十字靭帯の位置に移行する方法
ST法とBTB法の比較 メリットとデメリット
メリット デメリット
ST法 ・手術後の採取部分の痛みが少ない
・BTB法より手術の傷が小さい
・BTB法より復帰がゆっくり
・膝屈筋力(曲げる力)が低下する
BTB法 ・骨を腱と共に採取し固定するため、初期固定力が強い
・身体に残す人工物は少ない
・膝前方の痛みが残存する可能性がある
・術後の疼痛が他の方法に比べて大きい
・膝伸展力(キック力)が低下する


当院では、スポーツ競技やポジション、年齢、関節の柔らかさなどを考慮し患者に合わせた、最適な再建を目指します。
 
手術方法
手術の流れ 手順
関節鏡視下手術の準備 手術は膝関節に内視鏡(関節鏡)を挿入して行います。関節鏡や専用器械を挿入するための小さな傷が数か所、腱を採取するための3~4㎝の傷が1ヵ所できます。
損傷部位のACLの除去 関節鏡を膝関節の中に挿入し、損傷したACLや半月板などの状態を確認します。切れて残存しているACLは、再建する際に専用の器械で除去します。必要があれば半月板の処置を行います。
ACL再建のためのトンネル作成 関節鏡で大腿骨と脛骨の形態を確認しながらACLを再建する位置を決め、専用の器械やドリルで大腿骨と、脛骨にトンネルを作成します。その中に成形した腱(グラフト)を通し、両端を大腿骨、脛骨に金属(プレート・スクリュー)などで固定します。
移植腱の採取と成形 移植する腱は、太腿の裏の内側にある半腱様筋腱や薄筋腱を使用します。膝の前にある膝蓋腱という腱を使用する方法もあります。 3~4㎝の皮膚を切開し、腱を採取した後、関節内の長さや再建に必要な太さに応じて成形していくため、患者さん一人一人サイズが異なります。
グラフトの大腿骨側への固定 成形し終えたグラフトを脛骨側のトンネルから大腿骨側のトンネルへ引き上げます。グラフトの大腿骨側を金属で固定する時は金属が大腿骨を貫通し、固定の位置が正しいか、骨に密着して固定されているかをレントゲンで確認します。
グラフトの調整 グラフトには吸収糸(体の中で溶ける糸)で関節内に留置する位置にマーキングをしているので関節鏡でその糸を確認しながら適切な位置までグラフトを引き上げていきます。
脛骨へのグラフト固定 グラフトの固定位置が決定したら最適なグラフトの張り具合を計測しながら1㎝前後のプレートとスクリューで脛骨に固定します。(再建するグラフトの数、患者さんの状態によってはスクリューのみ又は非金属素材のものなどを選択する場合があります)
出血確認と傷口の縫合 関節内と傷口からの出血がないかを確認し、傷を縫っていきます。傷の奥側は吸収糸、皮膚は非吸収糸で縫合するため術後は皮膚の縫合糸の抜糸が必要になります。関節内は術後の出血や術中に入れた水が残り患部が腫れることもある為、血や水を外に出すチューブ(ドレーンチューブ)を留置します。
手術終了 手術終了後は患肢(手術したほうの足)にも血栓予防の靴下を履かせていただき、患肢固定のための装具を装着します。
麻酔後の回復と移動 麻酔が覚め、足がしっかり動くことが確認できたら手術ベッドから病棟用のベッドまたはストレッチャーで病棟へ移動します。
痛み管理 術後は患部の痛みが出てくると思いますが、術前に入れた硬膜外麻酔チューブ(背中のチューブ)と点滴から痛み止めの薬を投与します。痛みがある時は我慢せず、病棟看護師にお声をかけて下さい。

前十字靭帯の専門医

当法人では前十字靭帯の治療を専門に行っています。前十字靭帯の治療の詳細と専門医を紹介しています。

この記事を書いたスタッフ
医師
中島 駿
肩関節、膝関節、スポーツ整形外科を専門としています。ADLの改善、スポーツへの早期復帰のために、超音波(エコー)を用いて痛みや炎症部位を的確に把握し、同部位に注射等を行うことで即時の徐痛、パフォーマンスの改善を目指します。関節鏡視下手術は勿論のこと、リハビリテーション、体外衝撃波や再生医療等の選択肢も合わせて、患者様にとってベストな医療を提供するために日々精進しています。早期スポーツ復帰、痛みに悩まされない生活のためのサポートを全力でさせていただきますので、いつでもご相談下さい。
関連記事

都立大整形外科クリニック
ご予約はこちら

03-6404-8550

Web予約

〒 152-0032
東京都目黒区平町1丁目26−3 スミール都立大 2F

東急東横線
「都立大学駅」より徒歩2分

GoogleMapで開く